出家の「家」が何を意味するかだけど・・・

 

それは家庭や家族のこと、あるいはその延長にある社会全般と思うのが一般的です。

 

しかし、この出家の「家」という言葉の本当の意味は、人間が概念で作りだしてきた世界すべてのことです。

 

家族も、会社も、社会も、世界も、実体ではなく、人間が作り出している関係のことであり、イメージ(概念)の産物です。

 

そして人は皆、自らが作り出した概念の世界がリアルな世界だと思って生きています。

 

それを夢、またはマーヤと呼びます。

 

 

出家とは概念が作り出した世界である「夢」からの出家です。

 

 

黒斎くんが言うように、「私は出家した。私は家族と社会を後にした。」というのは、本当の出家ではありません。

 

その人は再びヒマラヤの洞窟で、あらたな概念の世界(家)を作り出すことでしょう。

 

社会を後にした自分として(笑)

 

 

その気になればこの瞬間に出家は可能です。

 

そして社会の中で生きることもできます。

 

これが究極の出家の意味です。

 

 

しかしその一歩手前の、社会を後にして道を求めるという純粋な姿勢も効果を発揮することがあります。

 

やはり人間は環境の産物なので、全員が夢を見ている社会の中で、夢を夢と見抜くチャンスはほとんどありません。

 

そのような環境から離れる時間も大切だと思います。

 

 

一番手軽なのは瞑想です。

 

瞑想はわずかな時間の出家です。

 

 

そしてたとえ数日でも的を射たリトリートに身を置くのもいいでしょう。

 

でもたいていのリトリートは、夢の自分をより高めることに焦点が当たっていて、いま以上の自分になることを目指しています。

 

そういうもののほうが分かりやすいし人気もありますが、禅の修行道場で行われているのは夢そのものから目覚めようとする試みです。

 

 

西洋は夢を向上させることを何よりの目標としていますが、日本では早くからこの真理に根付いた伝統があり、それがいまだに残っているのですから、興味深い国だと言えます。

 

茶道も武道も、究極的には自己の不在を目指しています。

 

 

やっぱり人間には瞑想が必要だと思います。

 

子供のころから教えてあげたら、だいぶ楽になる子供も増えると思うな。

 

評価されるばかりじゃなく、そんなことよりもっと大切なものがすでに自分に備わっているという安心感。

 

 

出家という言葉を出してくれたおかげで、今日も言いたいことが言えました(^^)