どんなカテゴリーにしてもそうだとは思うのですが、宗教やスピリチュアル、精神世界などでは特に、多くの「誤解」が付きまとっているように感じます。

僕自身、かつてはひどく宗教やスピリチュアルを毛嫌いしていましたし。

いや、正確には「毛嫌い」するというよりも、まったく眼中にありませんでした。

どんな教えなのか、何が語られているのかもまったく知らないまま、「怪しい」「いかがわしい」といったレッテルを貼り、それらに傾倒する方々を鼻で笑っていたというか。

「人生がうまくいっていない人、社会との円滑なコミュニケーションがとれない可哀想な人、あるいは、いい人ぶりたい人の吹き溜まり」みたいなイメージがあって、「僕はそんなところに足を踏み入れたくない」と距離を置いていたんです。

いま思えば、ひどく偏ったものの見方をしてたもんだと苦笑いしてしまいますが、実際のところ、僕もあの一瞥がなければ、そんな感覚を持ち続けたままだったでしょう。

きっと僕たちの活動においても同様で、話の内容を把握できていないまま、なんとなくで「いかがわしい」って思われてるところもあるんでしょうね。

実際、ブログのコメント欄を見ると「そういうことじゃないんだけどなぁ」という書き込みがチョイチョイ。

かつてそういう立場で世界を見ていたからこそ、その気持ちも十分わかるんですよね。

でも、実際にその気づきを目の当たりにしたら、きっと「ああ、そういうことだったのか」「思ってたんと違う!」ってなると思うんですね。

これは、否定派も、肯定派も同様に。

それこそ、僕も阿部さんも、言ってみれば宗教的にも門外漢ですし、何がしかの証拠を示せるような事柄でもないわけですから、なおのこと怪しさ倍増、胡散臭さ汁だくなのですよ。

阿部さんは、僕以上に何年・何十年とお話を続けてこられたわけですから、やっぱり「そういうことじゃないんだけど……」と、あらぬ批判を浴びることもあったと思いますが、そんな中で一番に感じる『誤解』『勘違い』って、どんなところだと思いますか?



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