降参のススメ

阿雲の呼吸

阿部敏郎

目覚めの時代の神事

宮司さんに

「神様って何ですか?」

って単刀直入に聞いたら

「ご自分のことだと思えばいい」

と答えられてましたね。


真実に通じた神職が見ている世界は、我々と完全に一致している。

ここが面白いところだね。

何が面白いって、我々は書籍や講演でそんなメッセージを伝えているわけだけど、神社や神事という形でそれを表している人達もいる。

形が全く違う。


全く違うけれど大切なのは人々が真実の次元に目を開けばいいわけで、やり方が大切なわけじゃない。


で今回思ったのは、神事に集まってくれた人達のひたむきさと熱意、そしてまことの祈り。

あれだけの人達の真心が集まったときのパワー。


もしかしたらこれからの日本人の覚醒って、神事が一役買うのかなって。

ただし形通りの神事じゃなくて、祭りと瞑想が含まれるようなもの。


天河はその舞台として最高だと思うんだけど・・・


日本神道って、仏教やら道教やら、なんでも取り入れて今に至っているわけで、本来は形に固執していないんだよね。

だから現代人に合った形に神事を作っちゃうわけ。


こんど宮司さんに話してみようかな。


どう思う?


天河

えええっ!!!

2週間もほっといたと??(博多風に)


思えば天河神社の神事が終わってからというもの、現実と神界のつなぎ目がわからなくなっていて、半ボケ状態。

あれは用意周到に準備したことじゃなくて、なんとなく周囲が盛り上がって、いつのまにか実現したって感じ。


なにかインパクトがあることをしたかったわけでもなく、なんであれをやったのかは説明不能。

来てくれた人達も、なんで自分があんなに遠いところまで来たのか解ってないんじゃないだろうか。

こういうことって「やること」じゃなくて「起こること」なんだろうね。


黒斎くんだって、いきなり強く勧められて、何が何だか分からないまま来たんじゃない?

自分では理由は分からなくても、天河にいたことだけは事実なわけで、頭の中のストーリーとは関係なく現実が起きているのでしょう。


一休禅師と天河の関係は、宮司さんもきちんと説明しなかったけれど、いろんな人から何らかの因縁を聞いたことがある。

間接的な話になっちゃうけど、僕が天河にいた当時、アメリカの女優「シャーリーマックレーン」が書いた自伝「アウト・オン・ア・リム」(山川夫妻翻訳)がヒットしていた。

そのシャーリーが

「私は一休禅師の愛人だった森女の生まれ変わり」

と公言していたと同時に、彼女が南米のシャーマンからもらった大切なお守りが天河神社の五十鈴と同じ形をしていて、そんな話で一時は盛り上がっていた。


あと、映画監督の龍村仁さんに天河神社に行くように勧めた時、彼は天河の写真を見て、

「ここは僕と縁がある。そして僕は一休の生まれ変わりみたいな気がするから、きっとここは一休とも関係がある」

と言って、すぐに天河にやってきた。


龍村さんはその後すっかり天河の人になっちゃったし、天河は人を魅了する何かがあるのかもしれない。

一休さんは北朝の人だし、森女は南朝ゆかりの人と言われていて、天河は南朝の御所があった場所だし、何か因縁があったとしてもおかしくない。


全部推測だけどね。


そんなこんなで、黒斎くんも天河デビュー。

めでたし、めでたし。

真夜中の独り言

人は自分の知らないことを想像することができない。
未知のことを既知の中で理解してしまう。

さらに人は、他者を見下す傾向を持っているので、そんな人たちに対して人生を超えたメッセージを伝えるのは本来無理なことだ。

狂信的な何かにハマって、わけのわからないことを言っている奴に見られるのがオチだ。

だからこそ、黒斎くんのように全く違う背景を持った人と組むことで、何かしらの説得力が生まれると思っている。


人生を超えた理解は、人生を超える体験を持って初めて可能になる。

しかし残念ながらその体験は、人為的に作り出すことができず、ハプニングとしてしか起こり得ないときている。

そうなるともうお手上げだ。


黒斎くんが言うように、これまでにもいろんなエネルギーを浴びてきた。

それはこれからも続くだろう。


にもかかわらず、おせっかいにもそんな話をし続けるのは、そんな話をせずにはいられないからだ。

にごり水を飲料水として用いてきた村で、ある時、谷間から湧き出る清水を見つけてしまったら、今までの水はもう飲めなくなってしまう。

そして村人たちに、本当の水はもっと透明でおいしいんだって伝えたくなる。


濁り水で満足している村人たちは、そのような話に興味が持てず、わけのわからないことを言って人を惑わしている怪しい奴だと考える。

でも中には、こんな水よりもっとおいしい水があるはずだと考える村人もいる。

僕はそんな人たちを相手に話をしてきたと思う。


ところがある時、村の中だけでなく、世界中の人たちに情報発信する技術が登場した。

それによって耳を傾ける人の数が飛躍的に増えたのが僕にとっては10年前だ。

その分、誤解のエネルギーも増えたけど。


誤解だけじゃなく、嫉妬も増えたように思う。

自分のほうが人生について正しく理解しているのに、なんで偽物のお前ばっかり上手くやっているんだってね。


おっと、今日は長くなり過ぎたかな。


この文章は文字入力をしたのではなく、音声入力で書いたので、つい長くなってしまった。

それにしても入力の精度が上がったものだ。

いくつかの誤変換があるものの、ほぼ完璧に文章にしてくれた。

このまま載せることにしよう。

続・出家

出家の「家」が何を意味するかだけど・・・

 

それは家庭や家族のこと、あるいはその延長にある社会全般と思うのが一般的です。

 

しかし、この出家の「家」という言葉の本当の意味は、人間が概念で作りだしてきた世界すべてのことです。

 

家族も、会社も、社会も、世界も、実体ではなく、人間が作り出している関係のことであり、イメージ(概念)の産物です。

 

そして人は皆、自らが作り出した概念の世界がリアルな世界だと思って生きています。

 

それを夢、またはマーヤと呼びます。

 

 

出家とは概念が作り出した世界である「夢」からの出家です。

 

 

黒斎くんが言うように、「私は出家した。私は家族と社会を後にした。」というのは、本当の出家ではありません。

 

その人は再びヒマラヤの洞窟で、あらたな概念の世界(家)を作り出すことでしょう。

 

社会を後にした自分として(笑)

 

 

その気になればこの瞬間に出家は可能です。

 

そして社会の中で生きることもできます。

 

これが究極の出家の意味です。

 

 

しかしその一歩手前の、社会を後にして道を求めるという純粋な姿勢も効果を発揮することがあります。

 

やはり人間は環境の産物なので、全員が夢を見ている社会の中で、夢を夢と見抜くチャンスはほとんどありません。

 

そのような環境から離れる時間も大切だと思います。

 

 

一番手軽なのは瞑想です。

 

瞑想はわずかな時間の出家です。

 

 

そしてたとえ数日でも的を射たリトリートに身を置くのもいいでしょう。

 

でもたいていのリトリートは、夢の自分をより高めることに焦点が当たっていて、いま以上の自分になることを目指しています。

 

そういうもののほうが分かりやすいし人気もありますが、禅の修行道場で行われているのは夢そのものから目覚めようとする試みです。

 

 

西洋は夢を向上させることを何よりの目標としていますが、日本では早くからこの真理に根付いた伝統があり、それがいまだに残っているのですから、興味深い国だと言えます。

 

茶道も武道も、究極的には自己の不在を目指しています。

 

 

やっぱり人間には瞑想が必要だと思います。

 

子供のころから教えてあげたら、だいぶ楽になる子供も増えると思うな。

 

評価されるばかりじゃなく、そんなことよりもっと大切なものがすでに自分に備わっているという安心感。

 

 

出家という言葉を出してくれたおかげで、今日も言いたいことが言えました(^^)

Welcome to the Real World

先日、とあるメッセンジャーと話をしていて思ったのは、似たようなことを話しているように見えるけれど、その実、言っていることは全く違う。

傍から見ると、同じスピ系(?)の話に見えているかもしれないけれど、全く違う。

「もっともそうなこと」を話すんだけど、結局は思考が作りだした想像の話で、そういう世界が好きな人もいるから人気もあるけれど、 全く違う。


人に気にいられるためには、両者は違うだけでどちらも大切な話と言いたいところだけど、そんことはとても言えない。

だって、リアリティを話しているのか、想像の世界を話しているのかの違いは、「1」と「0」の違いであって、まったく違うのだから。



人は夢の世界に生きているから、夢の話に惹かれる。

そしてその自分の夢を強化してくれる人のメッセージにすがろうとする。


たとえば

「こうすれば幸せになれる」

「こうすれば悪いことが起きない」

みたいなね。


幸せも悪いことも夢の中の出来事に過ぎないんだから、いっそのこと目覚めてみないかっていう呼びかけは、多くの人にはなんのことかわからない。

夢の中の自分が解釈しているし、そもそも自分の現実を夢だなんて思っていないから。


夢の中で、これは夢だと気づきだしたごく少数の人が、このメッセージを受け取ってくれる人だと思う。


にもかかわらず、お互いたくさんの人に支持されてきたのは、たぶんたくさんの人が勘違いしてくれたからだろう(笑)



これからも夢を壊す活動をしていこう。

そのとき初めて「0」が「1」になる。


映画マトリックスで、どちらの錠剤を呑むかを選ぶシーンがあるけれど、リアリティへの錠剤をのんだ主人公は大変な目に合うことになる。


でも実際には、リアリティの世界は涅槃の世界であり、完全なる安らぎと満足の世界。

しかも瞬間、瞬間展開しているから、決して飽きることはない。



 Welcome to the Real World」
 
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